全国有機農業の集い振り返り!



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今日は全国有機農業の集いのまとめ&反省会がありました。
しかし、参加できなかったため、一人で振り返り
この時期、農業をしながらの参加はとてもハードでしたが、参加できてよかったです 食や農に関心の高い方と繋がり、さらには生産農家、農業研究者、消費者、流通業者の新鮮な声や事例を知ることで貴重な疑似体験をすることができました
1年1作の作物では生涯を通じて数十回の栽培管理しかできない。
物だけでなく、人との有機的な繋がりがあっての農業。
農業経営は特にスピードや工夫が大事。
繋がりや疑似体験ができる場には、これからも積極的に足を運んで行きたいと思います
中尾慶子さんの記念講演では、免疫力を上げる食のあり方のお話でした。
学校現場における生徒の体質変化(低体温、風邪を引きやすい、便秘、口内炎、寝不足、
20代でのガン等)は食生活が大きな原因。
食生活改善の取り組みへの考えや事例をとても分かりやすく説明いただきました。
詳細は、NPO法人台地といのちの会さんのHPにも掲載されています。

宇根豊さんの記念講演では、有機農業を語る事が農とは何かを語ることと同義になる
ことを願う、ということで、農家や消費者のまなざしの変化についてのお話でした。
江戸時代まで「害虫」という言葉は無かった。認識はあるが災いという概念だった。
明治時代以降に、「防除」「除草」という考え方が普及。
放射能汚染で作付が禁止された福島県の農家は、燕の巣作りのために代かきをした。
田んぼの畦草は、70%が絶滅危惧種。
日本で生まれている赤とんのうち田んぼで生まれているのは99.9%。
EU農家の所得の78%が財政支援。
未来へ残すのは「カネ」か「非カネ」か。
「はなあふ」にとっても長く農業を続ける、次の世代に繋げるために大事な視点について
貴重なお話でした。

「原発事故・放射能汚染と有機農業」は、ゴールの見えない課題が山積みですが、
脱原発に向けて参加者の意見が統一されました。
原発3キロ圏内でこだわり農業を始められた農家さん。
何も知らされず、着の身着のまま、すぐ帰れると思いながらバスに乗せられ、
そのまま地元を追い出されたという、困窮の叫び。
東京電力の安全神話は突然崩れ、崩れた後の未来の生活の保証は無し。
実情を知ることができました・・・。
広島での被爆2世の方々からは、広島・長崎の原爆と原発事故は大きく異なるが、
参考になる部分はたくさんあるので、隠さず、そして参考になるようもっと情報
がオープンになるよう求められていました。
「原爆ぶらぶら病」など、低線量での影響を訴える医師もいらっしゃること、
そして健康に対する放射能の影響を思われる方に対しては医療のサポートがあること。
とにかく、放射能の影響(被爆)の影響については、一部の方だけでなく、希望される
方には全て国と東電の負担で健康診断を実施されるべきだと強く思いました。
また、長崎原爆では、食生活に特徴的な方々が放射能の悪影響が生じなかった事例も
紹介されていました。
地元の本物を食べる和の食習慣(味噌汁など)で、取り入れたものを排出するという
のは大切な考え方だと思いました。
関東地方の生産者もありとあらゆる工夫をされています。
田畑全体の放射線量を低減させる工夫、可食部へ放射能の移行が少ない野菜の作付の
2点が主な事例でした。
個人的には、「腐植‐微生物の複合体」の豊かな土壌では作物への放射能移行の低減
と関係性がみられないか、とても気になっています。
これが豊かな土壌では、土から作物へ放射性物質の移行が緩やかであるのではと思うからです。
土壌の仕組みは複雑で、緩衝能が極めて高い。
土はバランスをとる方向にある。
腐植‐微生物の豊かな土壌だと作物への放射性物質の移行も抑えられないのか、そんな
研究がされていたら結果を知りたいと思いました。
消費者の方では、栽培に関わる全ての環境・資材について、とても関心が高いようでした。
中国地方においても、一部の地域で汚染ワラが導入されていますが、消費者だけでなく生産者も知らなかった方も多く衝撃を受けられていました。
今年も「はなあふ」でできる取り込みは確実に行っていきたいと、あらためて思いました。

何を書いているのか、訳分からなくなりましたが(笑)、学んだ事、やれる事は農業・
生活の両面に活かしていきたいです。

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