広島県農業ジーンバンクのシードバンク機能は生きたタネを地域で守り、未来へ繋ぐ要!

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広島自治体問題研究所の「ひろしまの地域とくらし2023年4月号」に、寄稿させていただきました。

「広島県農業ジーンバンク」は地域の特色ある農業の持続的発展および永続的な食料安全保障に不可欠のものです。そのシードバンク機能が生きたタネを地域で守り、未来へつなぐ要です。

ジーンバンクの特徴①「在来作物の復活支援 」

ジーンバンクは、1989年に特産物の育成を目的に設立された機関です。保存する種子数は、稲類が約8,000点、麦類が約3,000点、豆類が約1,600点、野菜類が約2,600点、緑肥・飼料作物類が約2,400点、雑穀・特作類が約1,000点と、合計で約18,600点にのぼります。地域の伝統野菜など固有品種の遺伝資源を保存する役割を担う“ジーンバンク”としての機能と、種子を専門的研究機関のみならず個人や法人に無料で貸し出す“シードバンク”としての機能を合わせ持つことが、大きな特徴です。県民なら誰もが無償でタネの配布を受けられるとともに、そのタネを増殖・活用するためのサポートを受けることができます。自家増殖したタネは、配布されたタネと同量程度のものを返却、残りを活用して農業生産などで利用が可能になります。

例えば、「下志和地青ナス」は、ジーンバンクが「広島お宝野菜」として認定している伝統野菜です。淡い緑色の中長ナスで果肉がきめ細かく、みずみずしく、アクが少ないのが特徴です。焼きナスやステーキにして食べると、とろける美味しさが口いっぱいに広がり、絶品。この美味しいナスを多くの方に味わっていただきたいと、2014年から採種が始まり、2020年には東広島市内の生産者5戸が「あおびー倶楽部」を設立しました。伝統野菜の復活を目指してJAや市と連携しながら採種や栽培方法、販売先を模索しながら産地化を推進してきました。採種はジーンバンクの船越建明氏から技術指導をいただくとともに、万が一の時には仲間の生産者とタネを融通することでタネの維持管理が安定しました。採種を繰り返して 7 年。タネは市の気候風土に合い、地域に適した特性を持ち合わすようになりました。2021年には、「下志和地青ナス」から「東広島青なす」に改名、市の認証制度『東広島マイスター』に認定されブランド化が進み、消費拡大の契機となりました。2022年は、生産者が9戸まで増え、約68aの面積で、約2,345 本を栽培し、全国でも有数の青ナス産地となりました。販売は、JA や道の駅の産直市のほか、市の学校給食にも利用されるようになりました。地域の誰もが利用できる在来種(固定種)と、県独自の種子利用システム(県、市、JA の協力)があったからこそ、伝統野菜の復活が可能になったものと考えています。このような種子利用システムによって、「広甘藍」「観音ネギ」「矢賀チシャ」「川内ほうれんそう」「八反草」などの栽培が復活し、広島食文化の持続的豊かさにつながっていることは間違いありません。


ジーンバンクの特徴②「食料供給レジリエンスの強化 」

現在の農業では、県の種子条例で守られている主要農作物(稲、麦、大豆)の県奨励品種以外の作物種子の約90%が海外産とされ、極度に海外に依存し営まれています。そして、野菜種子においては、そのほとんどがF1品種(異なる性質の種をかけ合わせてつくった雑種の一代目。自家採種では同じ性質のものが採れない)であるなど、作物の種子は毎回購入して入手することが一般的となっています。購入種子は世界情勢に応じて輸入が困難となったり、国内の生産地でも異常気象の影響で不作となるなど、入手が不安定となる状況は進む一方で、現在も入手が不可能となった野菜や緑肥作物の種子が複数有ります。そのため、外部影響を受けやすい脆弱性が露呈されています。しかしその一方で、ジーンバンクが保有する種子は在来種(何世代もかけて栽培されてきた風土に適応した品種。自家採種ができる。)であり、気候風土に合い自家採種が可能な大変貴重なものです。このような種子を利用した種子自給率が高い農業は、外部の影響を受けにくく、持続的な安定生産が可能となります。

今後、もし県民がジーンバンクで保管している種子を農研機構から入手するとなった場合には、これまでのような作物種子の利活用は困難になることが想定されます。その主な理由は以下3点です。①種子特性や採種・栽培方法について相談できる職員がいない②研究・教育利用を想定した利用システムは、農家など県民にとってハードルが高い③県が主体的に管理していない作物の販売は、市町やJAの支援が得られるか不透明

その結果、不測の事態が生じた際には、作物生産そのものが困難になったり、作物種子の多様性が減少した場合には、多くの元種があることで有効となる品種育成や、目的に応じた品種の利用が困難になることが考えられます。

例えば、県内の稲は、徹底した奨励品種の普及と品種更新により、明治28年には約500 種が生産されていましたが、1995年には約10品種となり、100年ほどで品種の多様性は 98%減少しています。県奨励品種以外の作物種子においても、今後、種子の利活用が進まなければ、稲の事例と同様に、その多様性は減少し続けることが想定されます。種子は保管するだけでは価値が半減します。利用してこそ価値があります。種子は利用することで新たな性質を得て、それが多様性となり、さらなる価値を生み出していきます。

今後の予測不能な未来においては、世界情勢、気候変動、災害、生物多様性の減少などに対応しながら、永続的な食料の安定供給を確保するためにも、広島の地に適した優れた種子を可能な限り多く県内で利用しながら維持する必要があります。


ジーンバンクの特徴③「広島県が誇るシードバンク機能 」

「在来種の利用は、圧倒的に有機農業を行う農家が多い。在来種の活用は、現在ヨーロッパで定着している低投入持続型農業(LISA)が適していると考えている」とは、船越建明氏の言葉です。前述の「あおびー倶楽部」では、全ての生産者が環境保全型農業の技術で東広島青なすの栽培を行っています。このナスが、少肥でも広く根を張る自立性の高い品種特性(生命力の強さ)を持ち合わせていたこともあり、その結果として一般栽培の農家も減農薬・減化学肥料が進んでいきました(全戸が農薬不使用の栽培、8戸が有機農業)。在来種は有機農業に向きます。ジーンバンクは、農林水産省が2050年をターゲットとする「みどりの食料システム戦略」における、化学農薬・肥料の使用量低減、有機農業の取組面積の拡大にも大きく寄与しているのです。

龍谷大学・西川芳昭先生によると、ジーンバンクの種子システムは、世界に誇れる3つの特色があるといいます。「①広島県という地方自治体が主体的に関与している②種子の収集に農業改良普及員のOBが深く関わった③集めた種子を県内の農家に貸し出している。」また、「ジーンバンクは国連食糧農業機関(FAO)などでも農家と地方行政の働きによる農業のための生物多様性保全と管理の好ましいケースとして広く知られ、注目されている」。    

愛媛大学・日鷹一雅先生からは、ジーンバンク廃止決定を受けて、「FAOの世界農業遺産や農林水産省が認定する日本農業遺産として広島県内で申請協議会を立ち上げ、官民一体で「広島県シードバンク在来農業」を目指せば、実現可能な社会インフラだっただけに、大変残念。農業遺産に認定されれば、農耕文化的な意義が広く知れ渡り在来種苗の使用価値が上がり、多様な事業予算もとれる可能性があるだけに、今後の活動維持が重要。種子そのものは国が管理し保存されるが、広島の各地域で“生きたタネ”を保全すべき」というご意見をいただきました。

ジーンバンクは、広島県、そして日本が世界に誇るシードバンク機能を持ち合わせているのです。

 ジーンバンクの種子は、県民をはじめとした人類の生活を支える根本的な財産であり、数千年の歴史の中で先祖代々引き継がれ改良が重ねられてきたかけがえのないものです。極めて公共性が高く、地域で守り、活用しながら未来に引き継ぐ責務があります。“ジーンバンク”の“シードバンク”としての種子利用システムはこの要となります。



 今、そのシステムが廃止になってしまえば、未来の農家は在来種などの利活用が難しくなってしまいます。種子-農業-食-人、すべてが繋がっています。種子の多様性なくして、食の多様性はありません。そして、多様性なきものほど弱いものはありません。予測不能な未来では、地域ごとの多様性が不可欠です。私は地域の種子は地域で維持管理し、利用するのが基本だと考えます。 ジーンバンク存続の暁には、私は1農家として、在来作物が1つでも多く復活するような生産により力を入れて取り組んでまいります。そして、“ジーンバンク”の”シードバンク“としての種子利用システムが、日本の各地、そして世界各地に広がる未来を切望しています。

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